「BRASH」ブログ(Advanced Journal)に僭越ながら常見陽平氏の新刊の書評をアップしました。常見氏は僕と同郷の同学年でもある気鋭の人材コンサルタント。間違った「思い込み上昇志向」を痛快に温かく一網打尽(^^)
溜飲が下がることが多く思わず書かせて貰った次第です。
セールスも好調の様子。すごいなあ!
おすすめです(^_^)/
2011年04月
先週から肌寒い日が続いています。
前に幼い頃ぜんそくで水泳やスキーを始めてから治まってむしろ風邪を引きにくくなったと書きましたが、今も気温の落差が激しい季節の変わり目は注意が必要です。ブログで何度も書かせて貰った後頭部のズキズキ痛はおかげ様で治まってきて有り難いと思ったのもつかの間、少々息苦しくなってしまいました・・・(-_-メ
ぜんそくというとよく知らない人は一部の人の体質とかアレルギーとかといったイメージをもつ人もいるようですが、実は花粉症とかアレルギーと同じく、現時点で症状や自覚症状がなくても相当の人が潜在的に因子を持っていて、年齢とともに体力の衰えや過労やストレスなどで突然発作が起きる場合があります。
小児ぜんそくとか気管支炎とかになったことがあれば、気管が塞がって息が肺まで入っていかないというなんとも恐ろしい感覚は分かると思いますが、一度もなったことがない人が突然見舞われると、ただ息ができなくなり何が起こったのか分からずパニックになり、重症の発作の場合は気管が完全に塞がって窒息してしまうので死に至ります。
現に僕の身の回りの人だけでも、中年と言われる年代になって在宅中に突然発作に襲われ救急車で運ばれて入院したり、仕事での移動中タクシーの中で発作が起きて病院に運ばれたものの亡くなったりした人などがいます。
イメージとしては、筒状の気管が炎症を起こしてきゅっと閉じるので当然呼吸困難に陥ります。それは恐ろしいことです(@_@;)
もちろん水泳やランニングとか色んな運動で体力をつけていればある程度は予防になるようなんですが、誰しも可能性はあるので、他の病気などと同様「自分だけはならない」などと根拠なく高をくくらないことが重要だと実感します。
心身ともに健康に。
何事もなめてかからない。謙虚に。
今日も気持ちを上げて頑張っていきましょう(^^)/
一体いつになったら流暢に喋れるようになるのかと途方に暮れる時もあります・・・(-_-;)
でも、いつか話せることに思いを馳せられるのはすごく幸せなことだろうと思っています。
それでも日々一歩一歩積み重ねていけばいつかは喋れるようになる!同じ人間だ!と言い聞かせて、めげずに最初に買った1冊のテキストを何度かやり直して進めていますが、まだその1冊を使い古してマスターしたと胸張っていえるほどでもありません・・・。日本人が苦手とするらしい微妙な発音の違いにしても、ひたすら発し続けるしかないようです。
何かをするのに遅すぎることはない!
本当にそう思う言葉をかみしめると原動力になります。
僕自身はタバコを吸いません。ですが合法的にタバコを販売しているのに喫煙者の権利や吸う場所が狭められているのはおかしいと思います。
オフィスなどもあくまで「分煙」すれば良いと思いますし、互いが相手のことを少しだけ思いやれば済むように思うんですが…。
その話から派生して、尊敬する中学時代の担任であるE先生が色んなことを教えてくれたのを思い出します。その中のひとつに「ゴミや吸い殻を捨てるやつは、どんなに立派だろうと最低に下がるぞ!」というものがありました。クラスメートが鼻かみを教室の棚や窓に向けて投げた時のことです。「お前は自分の部屋でもゴミをそこらじゅうに投げ散らかすんだな!」と烈火のごとく怒ったのを昨日のことのように覚えています。これは大事な「しつけ」のひとつとして今でも身に付けさせてもらっているように思います。
空き缶や買い食いしたお菓子の包装紙などを平然と道端に捨てていく子どもたちがいます。黙って片づけるとか見て見ぬふりをするのは簡単かもしれません。でも僕はそこに遭遇すると必ず自分で拾ってみせて「捨てちゃだめだぞ!」と後ろから声を掛けます。素直に聞いて恥ずかしそうに「はーい・・・」と言う子もいれば、にらみ返してきたり突っかかってくる子もいますが、明らかにマナー違反で他人に迷惑を掛けているのに見て見ぬふりをすることはできないし見て見ぬふりは同罪だと思うので。あと捨てる側は、半ば慣れっこ無意識になっているので指摘されて気づくことも多いと思うのです。
大人でもタバコの吸い殻などを平然と捨てる人もいます。実家の近所にある専門学校の学生たちが、学校では喫煙所がないために(学校では当時通学路も含めて禁煙という決まり)民家の前にたむろして、そこに吸い殻を捨てていくことが多発した時期がありました。民家に住む高齢の女性はその後片付けをしながら「若者たちが家の前にたむろしているのは威圧感もあるし、毎日吸い殻を捨てて行くなんてマナーとして許されるのでしょうか」と泣きながら僕に訴えてきました。
正義感が強いのでこうしたことには黙っていられません。近隣の何軒かで被害が続いて皆問題に思い、町内会で学校側に申し入れたこともあります。見回りや清掃をするとのことで一時的には続いたんですが、指摘されるたびに止めたり再開したりの繰り返しでした。
自分は率直に違うと思ったので、「問題なのは取り繕うことなんじゃなくて、合法的に認められているタバコを学校で禁止にしておきながら近所の軒先に行って吸うのもポイ捨てするのも黙認していることであって、本質をぼかしたこんな対応では先生方が事あるごとに言う『教育』は詭弁にすぎないのでは?認めるならきちんと校内に喫煙スペースを作る。これでは、タバコを吸う学生がかえって気の毒ですよね」と向けると黙ってしまいました。
繰り返しですがタバコがいけないわけじゃない。ただ、吸うならマナーを守るのが当然ではないのでしょうか。歩行喫煙とポイ捨てだけはしない。他人に迷惑をかけるこれだけは守る。喫煙所や灰皿のない場所でも吸いたくてマナーを守ろうとする人は必ず携帯灰皿を持っています。
とはいえ残念ながら、いまだに持っている人が多くないと記事にもありました。どんなに年配だろうと普段立派なことを言っていようと、それができずにポイ捨てするのはマナー違反であることに加えて「格好悪い」と思います。僕は「他が良くてもそれじゃ台無しになってしまう…」と残念な気持ちになるし、実際周りでもそう言っている人は多いです。
僕は携帯灰皿を持って、きちんと自分の吸い殻を処理する人が格好良いというか当然のマナーだと思いつつ、まだきちんと持っている人が少ない現状では「おっ、ちゃんとしているな」と感心してしまうのも哀しいかな実際のところです。そして、僕の身近で大切な人にはポイ捨てをしてほしくない。
「あ、ディライト」 「私は、捨てない」(JTのCMフレーズそのままですが・・・(-_-メ
僕もいけないと言っているだけではなく実効的に働き掛けたいので、何かの機会に身近な人には格好良い携帯灰皿を贈ろうと思います。吸い殻もれっきとしたごみです。ごみは放っていてもなくなりませんし、誰かが項垂れながら泣きながら片付けているのです。
自分だけ良ければいいのでしょうか?目先だけ取り繕うのではなく、人の目にふれない時にどう振舞うのか。これは何事にも当てはまると思うのです。最初から出来る人なんていないし人に指摘されてはっと気づくことも沢山ある。大事なのは、その時素直に認めて身に付けていくこと。それがマナーだと思います。
朝から熱く偉そうに語ってしまいましたが(-_-;)
ふと思ったので熱く書きました。もちろん自戒を込めて。

記者をしています。
1975年1月北海道札幌市出身。
大卒就職活動時アナウンサーを志しながら在京局などの最終面接で至らず、その後神戸新聞社入社(非記者)。退社後、札幌でFMラジオ帯番組や雑誌編集などを経て2005年よりフリーとして現職。
ニート、ひきこもり、発達障害、DV、虐待、自殺、介護、貧困などメンタル&社会福祉事象全般、付随する教育、労働行政、社会の少数派などが重点取り扱いテーマ。アジア社会文化事情、航空旅客ホテルなども関心が強いです。
スキー(オフピステ)、野営、水辺、筋トレ、カレー&アジアン料理&焼肉が大好き、寒暑&朝夜どちらもOK、どこでもすぐ寝られて飲んで食べることに至福を感じる人好きです。
USTREAM(不定期ライブ中継)はこちら
