ニート・ひきこもり

ひとっ飛びにはいかないから、一歩でも半歩でも良い

台風が近づいているようですが、札幌は朝晩だいぶひんやりしています。

本業では食べられないので兼業で生活の糧を支えている。でも自分の本業はこれだ。そんな風にして自らを支えて頑張っている人は沢山います。たとえばミュージシャン、たとえばフリーランスの何か。

仕事として扱う分野の兼ね合いで、普通に学校や職場があったけれど、ふとしたことで躓いて物理的にひきこもってしまった人や、そうした場をよく知らないうちから長年ひきこもっている人が沢山いることを目の当たりにしています。周りでも、家族にそうした人がいるとか知人の兄弟がそうした状態だとかいう話も多く聞きます。彼らは、外の人は色々元気に活動していて「自分なんかとは別世界の人だ。働いていないしお金もないので何もできない。今さら何をやっても無理だ」と諦めてしまっている人も沢山います。たしかに良く知らない人は、ひきこもっているというと自ら望んで外界との接触を絶っているなどと決めつけがちです。でも実際は、そんな状態を望まず、自分も友達がほしい打ち込むことを見つけたいけど、どうして良いか身動きが取れないという言い知れぬスパイラルと激しい葛藤の中にいる人が大半なのです。

先日、お金や時間がないとできないことは沢山あるという話を書きました。たしかにそれは厳然とした事実としてある。でも、そのせいでできないと思い込んでいる所もあるかもしれない。なるべく思い込みを排して工夫してできることがあるかもしれないし、自分も共にできることがあるかもしれない。 壁を作らず、やりたいと思ったら素直に言ってみよう。求めないと得られないとも思うのです。一方、周りも自分が充実していればそれで良いではなくて、声を掛けてみることで他の人の劇的な変化のきっかけを手伝えるかもしれない。そうした心遣いも大事だと思う。

無限の可能性を信じながら、でもひとっ飛びに何かができるわけではない。本当に一歩一歩。いや、半歩でも良い。人の表面を見ると焦るけど、それだっていきなりそうなったわけじゃない。気が付いたら「あぁ結構歩いているなあ」というものだと思う。それを実感する意味でも、時間がある時などは安易に乗り物には乗らず長い距離を歩いてみるのもおすすめです。そんなことを思った朝。今日も頑張ります。

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余市ビバハウスへ

身内の通夜の前に、3年ほど前から定期的に取材で通わせて頂いて以来のお付き合いであるビバハウスにお邪魔しました。
あのヤンキー先生の生みの親としても有名な元北星学園余市高校教諭の安達俊子先生とご主人の尚男さんに久々にお話伺いました。

今日の尽きないお話にも出ましたが、ひきこもりやニートというと、ごく一部の当事者に矮小化されがちで、社会全体では労働や教育、自立や雇用、親子や家族との葛藤、生活保護の受給方法の是非と精神科の兼ね合いなどまったく他人事ではないことばかりなのです。お二人は、この11年まさに命がけで若者たちと向き合ってきました。今後何年経っても劇的に社会に関心が広がらないかもしれないけれど、取り組み側も伝え手も問題点と本質を知らしめ続けられたら。その凛としてぶれない姿勢に勇気を頂きました。

昨今のメンバーの様子や近況を伺っても問題は山積しています。暴力団や暴走族から抜けるための葛藤、家庭内暴力と統合失調症や発達障害、ジェンダー問題…。枝葉が広がり続ける問題を前に伝える物事にひるまぬよう意思を新たにしました。
唐突な訪問にもかかわらず過分な応対を頂き有難うございました(^^)/ 精進しつつ、また遠からず伺います!

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ニュースの深層

帰宅してごそごそやっていたら、大きめの茶封筒と真っ白いDVDが出てきたので、これ何かなと思い再生してみたら、なんと3年くらい前?に出させて頂いた朝日ニュースターの「ニュースの深層」(当時は「ニュースの深層evolution」 平日20:00~20:55生放送)の同録が。
当時スタッフの方に送って頂いたのですが、インデックスのシールがとれてしまったようです。

上杉隆さんと重信メイさんの火曜日で、上杉さんはブラジル取材からの帰りで熱あったのにテンション高かったとか、メイさんは土産をすごく喜んでくれて朗らかで華やかだったとか、スタッフの方はとても優しくしてくれたとか、自分は珍しく髪短くしていたなとか一気に思い出しました(^_^;)

で、肝心のオンエアは・・・「ニート・ひきこもり問題の本質に迫る」といいつつ時間が足りないわ慌てるわで、今見ても恥ずかしくて顔から火が出そう(@_@;)

お世話になりました。

ん・・・きっと夢なんですこれは。僕に似た違う人なんだと思います。
たはーっ、寝よう寝ようっと(>_<)

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不幸に甘え「安住」する限り、決して主体ある未来を生まない

1年近く前だろうか、世界同時不況の余波で主に製造業の「派遣切り」が続出し派遣村が開設された少し後、同年代のルポライター横田由美子氏が産経新聞のコラム「断」にて「不幸に甘える若者たち」というタイトルの寄稿をしたことがある。

その内容は、大まかに「厳しい不況により不遇な立場に置かれている若者を中心とした人々には同情したい。しかし、今の自分の不幸や不遇をすべて世の中のせいだとする向きは、甘えと断じざるを得ない」といったものだった。

筆者も数年にわたり、発達障害などの背景とともにニートやひきこもり現象の取材や付随する教育や労働問題に関係してきた立場だが、率直に言って横田氏は良く言ったと感心したものである。

横田氏も、先の寄稿の中で冗談めかして述べてもいるが、これは別段、自分たちがフリーランス・自営業という、自らで自らを保障するしかない立場にあって久しいから、その観点から「何を甘ったれているのか」と言っているわけではない。

社会には必ず「弱者」が存在することはまぎれもない事実であり、また例外なく様々なタイミングで様々な人々がいつそう呼ばれる立場になってもおかしくない面は多分にある。ましてや、かつての価値観や神話が音を立てて崩れ去っている昨今「自分だけは大丈夫で、関係ない」などという発想は身を滅ぼすことも明らかである。よって「弱者」たる概念を自らに引き寄せて想像する力とか、不本意ながらそのポジションに当てはまった人々には、最低限の援助なり保証なりが必要であることは言うまでもない。

問題は「不幸に甘える」という、まさにそのニュアンスである。

上に述べた通り、不幸や不遇は誰しも訪れる可能性のあることで、それに対する想像力は必要であるけれども、その当事者が感じる不遇を克服する気があるかということであって、残念ながら「弱者を笠に着る人々」というのが多くいることが本当の弱者を見えにくくする「厄介さ」を孕んでいることは、これもまた指摘するまでもないことであろう。

筆者が取材する中でも、発達障害という自身の特徴を都合の良い時には「個性」と言い、ではその個性とやらを生かして臆せず社会に順応しようとしたら?と問えば、「社会が自分のような障害を理解してくれないし、すぐパニック症状が出るので働けない」とのたまう人々に出会うことが多々ある。

確かに嘘ではないだろう。社会で例えば発達障害についての認識および理解が広汎になっているかといえばそうではないことは明らかである。だからこそ、記者がその存在を知らしめる必要性を感じているのだ。派生するニートやひきこもり問題も然りである。背景や、本人の落ち度だけではない要素の存在は織り込み済みであるし、見聞きして追い込まれるに至るのも無理はないと感じることも実際に多い。

では、いつまでそのせいにして動かないのか?ということである。
ごく単純化すれば、要するに「不幸や世の中のせい、だから自分は悪くない何とかしてくれ」という理屈は「被害意識の押し売り」にすぎず、そこに能動的な概念や行動は伴わない。「行きすぎた被害者面」は、やがて無意識のうちに自分の不幸だけを強調し他への配慮を忘れた言動に走る「消極的加害者」に変質することを肝に銘じておかねばならない。

「派遣村」の湯浅誠氏の活動は敬意を評するものだが、「貧困ビジネス」と揶揄される背景には、「弱者を売り物にして、弱者というポジションに甘えて主体的に動こうとしない」「都合が悪くなると弱者に逃げ込む」といった残念な人々が一定数存在する事実が横たわっているからであり、それらへの指摘もまた率直になされて然るべきである。

と、こうした指摘をするものを「弱者に冷たい保守」などと括る向きも一部にあるが、失笑ものである。公的私的を問わずさまざまな弱者たる状況をサポートする機関の存在を否定するのではなく、それを受ける側がなるべく早く自分の力で歩くべく、その一時的な手助けと捉えているかどうか、つまりは手を借りる経緯や理由を含め、そこに「主体性を伴っているか」という一点の有無に尽きる。

当該問題を追う記者のひとりとして、発達障害や疾患といった背景の実際を紹介しつつ、ニートひきこもり、暴力などの事象や派生する労働や教育の諸問題を世に伝える立場にはあるが、そうしたフィールドに甘え食ってかかる人々の無用な「味方」をするつもりは毛頭ない。あしからず、そこはご了承頂きたい。

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思いこみという「殻」に閉じこもる、一部支援者・家族の「不作為」は悲劇を招く

ひきこもりや背景にある諸問題を取材する過程で、支援者とされる人々や当事者の親たちの苦労や苦悩は幾度となく目の当たりにしてきた。
また、拙稿(「月刊HR」2009年1月号)でも述べた通り、ひきこもり状態に至る人々に一定の傾向はあるにせよ、ひきこもりは、「一部の変わった人がなるもの」などといった、根拠不明の限定や予測が可能なものではない側面がある。

しかし残念ながら、家族の中に長期的なひきこもり状態の者がいる場合、ましてや家族の中に家庭内暴力を働く者がいる場合、早かれ遅かれ、家庭崩壊や他の家族の生活や人生にも支障をきたすトリガーになることは紛れもない事実であり、筆者は「理屈ではない」緊急性の認識と、然るべき対処の必要性について、取材者として問題の本質に近づいてきた自負から事あるごとに指摘してきた。

それら対処の「プロ」を自認する支援組織の関係者や、長年当事者を抱える家族の多くは、苦悩し少しでも実効性のある試行錯誤を重ねていることを実感する一方で、取材する外の人間として、率直に違和感を持つ場面や振る舞いや言動をみることも少なからずある。
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記者をしています。

1975年1月北海道札幌市出身。
大卒就職活動時アナウンサーを志しながら在京局などの最終面接で至らず、その後神戸新聞社入社(非記者)。退社後、札幌でFMラジオ帯番組や雑誌編集などを経て2005年よりフリーとして現職。

ニート、ひきこもり、発達障害、DV、虐待、自殺、介護、貧困などメンタル&社会福祉事象全般、付随する教育、労働行政、社会の少数派などが重点取り扱いテーマ。アジア社会文化事情、航空旅客ホテルなども関心が強いです。

スキー(オフピステ)、野営、水辺、筋トレ、カレー&アジアン料理&焼肉が大好き、寒暑&朝夜どちらもOK、どこでもすぐ寝られて飲んで食べることに至福を感じる人好きです。

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