「とくダネ!」でおなじみのフジテレビ・笠井信輔アナウンサーから、新著上梓のお知らせメールを頂きました。東日本大震災当時、現地に乗り込んで取材活動を続けた際に感じたことをまとめたノンフィクションエッセイです。取材当時の「苦悩」は番組でも紹介されていました。
友人などには話させて貰っていますが、笠井さんは僕が高校2年生の今時期(ちょうど20年前の1991年)「タイム3」という午後のワイドショーを担当していました。僕はアナウンサー志望で、どうするべきか現職の方から助言が欲しかったのですが、直感的に「この人なら僕の思いを分かってくれるのでは?」と感じ、便せん5,6枚に「アナウンサーになるには何が必要で、具体的にどう備えたら良いか」などの質問や思いなどを書き記して送ったところ、手紙が届いた日の本番終了後に「ごめん、手紙書く時間ないから電話しちゃった・・・」と言って、そこに添えていなかった実家の電話番号をわざわざ104番で調べて電話を掛けてきてくれたのです!
そこで1時間あまり、ひたすらそれらに対する回答や助言を話してくれました。当時は黒電話で録音機能がなかったことが悔やまれたのですが、僕はそこで話してくれた内容を後で忘れないよう、電話の直後必死になって何枚もの紙に書き留めてクリアファイルに今でも大切に保存しています。その後も大学受験で宿泊したホテルにわざわざ立ち寄ってくれたり就職の際も「とくダネ!」後の局に呼んで話をしてくれたり、随分と気にかけて頂いた、まさに「恩人」なのです。
笠井さんのように放送局のアナウンサーになることはかなっていませんが、今でも同じく伝える世界での志と、どう伝えられるかというテーマは持ち続けているつもりです。あれから20年が経ち、当時28歳だった笠井さんも48歳の専任部長。この方の、当時からほとんど見掛けが変わらない「万年青年」ぶりにはただ驚愕です・・・(@_@;)
と・・・本題に戻って、そんな笠井さんの渾身エッセイはこちらや書店などで購入できます。

友人などには話させて貰っていますが、笠井さんは僕が高校2年生の今時期(ちょうど20年前の1991年)「タイム3」という午後のワイドショーを担当していました。僕はアナウンサー志望で、どうするべきか現職の方から助言が欲しかったのですが、直感的に「この人なら僕の思いを分かってくれるのでは?」と感じ、便せん5,6枚に「アナウンサーになるには何が必要で、具体的にどう備えたら良いか」などの質問や思いなどを書き記して送ったところ、手紙が届いた日の本番終了後に「ごめん、手紙書く時間ないから電話しちゃった・・・」と言って、そこに添えていなかった実家の電話番号をわざわざ104番で調べて電話を掛けてきてくれたのです!
そこで1時間あまり、ひたすらそれらに対する回答や助言を話してくれました。当時は黒電話で録音機能がなかったことが悔やまれたのですが、僕はそこで話してくれた内容を後で忘れないよう、電話の直後必死になって何枚もの紙に書き留めてクリアファイルに今でも大切に保存しています。その後も大学受験で宿泊したホテルにわざわざ立ち寄ってくれたり就職の際も「とくダネ!」後の局に呼んで話をしてくれたり、随分と気にかけて頂いた、まさに「恩人」なのです。
笠井さんのように放送局のアナウンサーになることはかなっていませんが、今でも同じく伝える世界での志と、どう伝えられるかというテーマは持ち続けているつもりです。あれから20年が経ち、当時28歳だった笠井さんも48歳の専任部長。この方の、当時からほとんど見掛けが変わらない「万年青年」ぶりにはただ驚愕です・・・(@_@;)
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